研究報告
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モデル誤差抑制補償に基づいた
ロバストな車両運動制御系の構築
熊本大学 大学院自然科学研究科
准教授 岡島 寛
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1.研究の目的
乗用車などの移動手段において、その安全性や快適性の確保は重要な課題であり、高齢者ドライバによる事故の増加も危惧されている。このような背景から、様々な運転支援システムが研究開発され、衝突防止ブレーキシステムなどは販売車両に導入されて浸透しつつある。さらに近年は、自動運転の実用化に向けた研究が多く推進されている。自動運転社会の実現に向けて重要な要素技術として経路追従制御が挙げられる。経路追従制御における目的は、目標とする経路に沿って走行するように制御入力に相当するハンドル角度およびアクセル・ブレーキを適切に時々刻々と定めることであり、それにより所望の目標経路との誤差がない状態で走行することが可能となる。制御用のコントローラは、対象のモデル(数理モデル、微分方程式)に基づいて設計されることが一般的であり、経路追従制御の先行研究においても、横滑りを考慮した自動車の2輪簡略化モデルに対してコントローラが設計されている。その一方、実用化への道筋を考えた場合、自動車は雨天や路面環境の変動、搭乗者数の変動など、様々な要因でモデルの動特性が変わりうるため、モデル化された制御対象に対してのみ有効なコントローラでは不十分であり、変動に対するロバストな制御系設計が必用不可欠となる。
本報告では、自動車の動特性変動に対してロバストな経路追従制御系となるよう、著者らの先行研究で提案しているモデル誤差抑制補償器を用いたシステムを構築した。モデル誤差抑制補償器は、制御対象の観測出力とモデルの出力との差がある場合に差を打ち消すように働くロバスト化補償器の一種であり、差が大きくなると補償入力が大きくなり誤差を抑制する。その一方、モデルとの誤差が小さいと補償器は働かず、元のコントローラのみが作用する。このような特徴から、既存の経路追従制御法との親和性が高い。また、この方法は非線形系にも適用しやすい構造を有しており、非線形システムの一種として考えられることが多い車両運動制御系に対しても適用が容易である。本報告では、先行研究のモデル誤差抑制補償器に基づいて新たなロバスト性の高い経路追従制御系を提案することがその目的であり、数値例を通じてその有効性を検証している。
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2.研究内容
図1 車両とヒト、荷物の配置
図2 提案するロバスト経路追従制御システム
制御対象である車両を、横滑りを有する自動車モデルとして与え、車体すべり角およびヨー角速度を状態量として考えると、速度によってそれらの特性が変わる非線形システムとして表すことができる。これは、従来から多くの方法でモデル化がなされており、広く利用されている。車体の速度を一定と仮定した場合には、線形時不変システムとして状態方程式を求めることができる。
一方、車体と目標経路との関係に着目した場合、車体と目標経路上の最小距離となる点との差を小さくすることで、経路追従を達成することができ、三平ら(1993)の研究を発端として研究が進められており、フレネ座標系を用いることで簡単に経路と車体の関係もモデル化することができる。
このような目標経路と車体、車体と入力(ハンドル、アクセル・ブレーキ)との関係が状態方程式(微分方程式)の形でモデル化されれば、非線形システム制御の代表的な方法である“出力ゼロ化手法”を利用することで目標経路への追従、すなわち、自動運転を達成することができる。これが、従来から知られている方法である。
実際の車両では、搭乗者数や荷物の有無などにより動特性が変動する。従来手法では、モデルのすべてのパラメータが正確にわかっている前提で自動運転アルゴリズムが設計されているため、パラメータが実際と異なる場合には弱い。
図1に車両とヒト、荷物の配置例を示している。A1 に運転者が搭乗することは基本であるが、A2、B2、B1は状況によってヒトが搭乗するか否かが異なるし、C1 に荷物が積載されるか否かも時と場合による。このとき、搭乗の有無で車両の動特性が大きく変動する。
さらに、タイヤの摩擦力、摩擦係数も一定ではなく、雨天路や舗装路面か砂利路面の差など、路面環境によって発生できる横力も変化してしまう。このような変動を正確にモデル化することはできないため、モデル化の誤差に強い制御系の構築が必要不可欠になる。
図2に、上記の状況を踏まえて提案するロバストな自動運転制御系のブロック線図を示している。車両の規範モデルは、通常走行時の対象の動きを想定した数理モデルである。経路追従コントローラは、既存のアルゴリズムである“出力ゼロ化手法”に基づいた経路追従制御則が搭載されている。実車両は、実際の車両そのものであり、搭乗者数や積載量、雨天や走行路面の変化などで、その動特性が変動する。その変動はセンサにより計測するものと仮定する。
このとき、図2の制御系は、モデル化誤差がない場合にはK の補償器の信号はゼロ信号となり、補償は働かない。そのため、経路追従コントローラの作用によって目標経路に追従することができる。その一方、モデルと実車両との間にダイナミクスの誤差が生じた場合、観測信号と数理モデルである車両規範モデルとの出力差を観測し、それに応じたフィードバック信号δc を生成して補償する。これによって、モデル化誤差が生じていてもその影響を補正するように制御が働くことになる。基本的なアイディアは先行研究で提案している“モデル誤差抑制補償器”に基づいたものであり、非線形システムの代表である車両運動制御系への適用を行ったものである。
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3.研究結果
図3 従来の経路追従結果
図4 提案手法の経路追従結果
図2で提案したロバスト経路追従制御システムを適用した数値シミュレーションによって、有効性を検証した。結果を見やすくするため、初期誤差がある状態から走行を開始している。
図3は従来手法であり、実車両が雨天路面を走行し、コーナリング係数(タイヤ摩擦係数)が前後輪ともに想定の80%の場合の走行経路である。目標経路が一点鎖線であり、実線が既存手法による経路追従の結果である。特に旋回時に追従誤差が発生していることが見てとれる。
図4は提案したロバスト経路追従制御システムを用いた結果であり、同じく雨天を想定している。図3と比較して、目標経路との誤差がかなり低減されていることが確認できる。他の条件での数値シミュレーションでも同様に提案したロバスト経路追従制御システムによって経路誤差が低減されることは確認でき、有効であることを示せた。
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4.期待される効果およびまとめ
ロバストな車両運動制御系として経路追従制御への適用を行ったことで、環境変動のある自動車において有用な結果が得られた。本報告では、センサ信号は正しく計測されるものとして研究を進めているが、科学技術研究助成に基づいた研究としてセンサノイズを含む系に対しても一定の成果を得ており、制御系のロバスト化を扱った本研究の枠組みは様々な制御系の構築やアルゴリズムの構築において有用であると考えられる。